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2010年01月19日(火) 記事No.56
第3話でだいぶ1話と2話の伏線がつながりましたね。

1.ソ・ラ・ノ・ヲ・トメモ

今回はノエルちゃんの出番が少ないので、ノエルちゃんの話ではなく彼方とリオ先輩の繋がりで、今までわかったことを整理したいと思います。
・再三回想に出てきた金髪の美女はリオ先輩のお母さんであること
・リオ先輩の母は死んでいる
・リオ先輩の母が死んだ時にどうやらインチキくさい牧師となんかあって協会嫌い
と言うことが今回の挿話ではっきりしましたね。

2.なぜアメイジンググレイスなのか

今回の挿話で、彼方の回想シーン、リオ先輩の鼻歌、そしてリオ先輩の名言シーンで「アメージンググレイス」が感動的に流されてました。ここで疑問なのが何故この曲が使われたかです。伏線と設定にこだわるこのアニメの態度を考えると、意味も無く使ったでは通らない。そこでちょっと理由について考えて見ました。完全に独断と偏見ですがねw
まずアメージンググレイスここで歌詞の意味に注目してもいいのですが、劇中に歌は入ってないです。なので、音から考えます。この曲は使われない音階が二つあります。それは四音と七音なのですがここで重要なのは、抜けている音がどこかではなくいくつ抜けているかです。全部で七音階のうち二つ抜けると残るは五つですね。これは、ペンタトニックスケール俗称「スコットランド音階」と呼ばれるものです。五つと言うのが重要でそれは、もちろん1121部隊が五人であることと関係しています。ペンタトニックの曲を使うことによって、この後のリオ先輩の台詞がより説得力を増してくるのです。

「いくつもの楽器、様々なパートが重なり合って一つの音楽になる」

「いらないものなんてない、いらない音なんて一つもないのさ!」

前半部分の台詞はオーケストラと言う多重奏の性質から言ったものですが、後半のいらない音なんて一つもないと言うのは、五音のうち一つでも欠けてしまっては、アメージンググレイスは奏でられないのだと言うことです。
しかし、これならペンタトニックの曲なら何でも良かったのかと言う話になります。蛍の光なんかでもいいのか。そうではない、やたらと日本的なものを多く扱って来た「ソ・ラ・ノ・ヲ・ト」でわざわざこの曲を使うのには理由があります。それは、「アニメノチカラ」とも関わってくる問題であります。「アメージンググレイス」と言うのは神に向けた讃歌でありますが、その歌詞の内容ではなくこの歌詞を書くにいたった時の心境であります。このときの心境がアニメファンの原体験と密接にリンクして、「アニメノチカラ」を呼び起こすのです。

この歌詞を書いた人は大嵐で死に直面した時、初めて「神様、助けてください!」と叫びました。この嵐の体験を元に「こんな愚かな、どうしようもない者をも神は救って下さった」という恵みを歌ったのがこの歌である。
ウィキペディア参照

さてこのときの彼の人生を変えるほどの体験、程度は違えどアニメファンなら絶対誰でも経験しているはずです。それは、アニメを見続けてると不意に出会うことがあるのです。どんな絶望のふちに立たされても、どんなに辛いことがあっても、それでもその中を生きていける強さを、くれる作品に、これはもちろん他のメディアでもあるのかもしれませんが、アニメーションとは子供の頃に触れることが多く触れる機会が早いのです。たとえ文字が読めなくとも、言葉がわからなくとも、アニメーションの持つわかりやすさと言う武器でアニメファンを支えてくれる、アニメはやはり素晴らしい。そして大人になるにつれ、わかることが増えて、よりアニメノチカラを感じることが出来るのです。僕にとっては、子供の頃の「ジブリ」であり成長してからの「ターンA」です。
「ソ・ラ・ノ・ヲ・ト」と言う作品はそんな「アニメノチカラ」をアニメファンの原体験を呼び起こすことで、アニメファンを続けるに足る十分な理由「アニメを見ててよかった」、「アニメを見続けよう」を再認識させてくれる作品であるように思います。

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2010年01月19日(火) ソ・ラ・ノ・ヲ・ト 第3話 「隊ノ一日・梨旺走ル」
 元気そうに見えて無理をしているというのはよくある話ですね。カナタが倒れて慌てるリオがかわいかったです。
つれづれ | 
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